ころ。

ころり、ころ。

持て余すように口の中、舌の動きで弄びながらふと天を仰いだ。

甘い。

押し付けられたポケットの中を思って、スクアーロは一人溜息をついた。







Un dolciumi







赤、青、黄色。

包装から解き放ち、光に透かしてみれば素人目にも美しい澄んだ透明度が瞳に眩しい。

超一流のフランス人パティシエがどうのこうの言っていた気がするな、とぼんやり思い出しながらそれを口の中に放りこむ。

どこというあてもなく、暇を持て余しながら廊下を歩く手元には残骸でしかなくなったセロファン。

おすそ分け、と称して人のポケットに飴玉を大量に詰め込んできやがったオカマ野郎は、くねくねと珍妙な動きを繰り返しながらボクシング小僧の元へ駆けていった。

『疲れた時には甘いものでしょ』

誰が疲れるか。

ライフワークと化した剣術勝負は体力を消耗するどころか、この血を沸き立たせてくれる。

とはいえ、軽く抵抗はしたものの、百番勝負に無理矢理つき合わせてしまっていることもあるから、今ひとつ強く断りきれないところがあった。

まあ、蹴りを入れることに躊躇いはないが。

「ったく……こんなにどうしろってんだぁ…!」

ぎっしり詰まった飴玉。

まるで罰ゲームだ。

捨ててしまおうかとも考えるが……捨てたという事実を奴に見つかることも恐ろしい。

「めんどくせえなぁ…」

違う色なのに、全て同じ味。

口の中はずっと同じ甘ったるさに侵されている。

右頬から左頬へ。

歯にカツリと当たる刺激に目を眇めた。



「あ、スク。こんなとこにいた」



と、曲がり角に差し掛かった瞬間、鈴を鳴らしたような声音が……というのは過剰表現か?

男に使う表現じゃねえよなぁ。

あれか。

惚れた弱みってやつか。

………何言ってんだ。

「よ、お…んなとこで何やってんだ」

ああ、らしくねえ。

動揺が喉を詰まらせやがった。

「それはこっちのセリフだと思うんだけど?ここ、本邸だし」

どうしたのさ?珍しい。

……それもそうだ。

こいつがここにいることの方が当たり前。

「んー…ああ、報告か。それくらいしかないもんね、ここにくる理由」

「ま、あ、そんなとこだ」

確かにそう。

だがそれも完了した今では……何の理由もないのが現実。

突き詰められても答えようがない。

目的もなく、ぼんやりと歩き回っていただなんて…言えるか。

「じゃあもう帰っちゃうわけ?」

「………帰って、欲しいのかぁ?」

何の気なしに訊いたのだろう。

キョトンと、琥珀を溶かし込んだような瞳がキラキラと瞬きながら俺を見上げる。

その頬に掌を這わせ、壁際へと追いやれば小さく息を飲んでみせた。

不安げに開かれた太ももの間へ足を割り込ませれば、

俺と綱吉は浅からぬ仲だ。

ほんのりと頬を染めながら、パクパクと口を開閉しながらも、目立った抵抗を見せないのはそれ故。

「だ、な、こ、こんなとこで何考えてるんだよ!」

「丸一ヶ月くらい来れてなかったからなぁ……口寂しかったんじゃねえのかよ」

物欲しそうな顔しやがって、とわざとらしく挑発してやれば、顔はこっちが恥ずかしくなるほどに真っ赤で。

……本当ならからかうだけからかって終わるつもりだったんだが。

「だ、誰が!わけわかんないこと言ってないでそこどけよー!」

「やなこった」

こういう瞬間だな。

こいつが愛しくてたまらなくなるのは。

「浮気してねえだろうなぁ?」

「しません!そういうスクこそ…どこぞの美人剣士にメロメロになってたり…」

「メロメロなんて古くせえ表現、久しぶりに聞いたぜぇ」

バーカ、と片手で両頬を挟みこみ、人差し指中指薬指と親指でぎゅっとつまんでやれば、唇を突き出した間抜け顔が必死に抵抗を見せる。

バタバタと暴れる腕。

その程度で俺が揺らぐわけがないことなどわかりきっているはずなのに……相変わらず馬鹿な野郎だ。

「おまえ……っと」

「む?」

言葉を紡いだ瞬間、転がしていた飴が飛び出しそうになり慌てて口元を押さえた。

舌で左頬に寄せて、綱吉へと視線を戻す。

「何?飴?飴食べてるの?珍しい」

解放してやった頬を摩りながら、綱吉が興味深げに俺を見上げている。

「ああ、ルッスーリアが無理矢理押し付けてきやがった」

「ルッスーリアが?だったら結構いいものなんじゃない?」

その通り。

「食べてみるかぁ?」

「いいの!?」

何せ腐るほど持っている。

分けてやることくらいどうってこと……。

「ちょうど甘いもの欲しかったんだよねー!」

キラキラした表情をみつけてしまった途端、俺の中に些細な悪戯心が湧いた。

人気はない。

気配もない。

オーケー、ここは俺の独壇場だな間違いない。

「やっぱり口寂しかったんじゃねえかぁ」

「その言い方はなんかおかし―――もが」

色気がないのはもう慣れた。

ポケットに手を伸ばすとみせかけて顎を掴み上げ、素早くくちづける。

ふいうちに息を乱したのか、思わずといった風に開いた唇へと舌とともに飴玉を押し込んでやった。

「ん、んんー!」

空になった口内は甘い風味だけが残る。

「美味いかぁ?」

自分でもわかる。

今俺は、そうとう意地悪い笑みを貼り付けていると。

かすかに退いていた赤みを取り戻した頬と潤みを増した瞳で睨まれたところで、怖くもなんともないぜぇ綱吉。

「…甘すぎ」

「それだけかよぉ」

「っ!じゃあスクはどうなんだよー!」

勢いに任せて喚いた綱吉は、ガチリと歯をかみ合わせて飴を割る。

「……甘いな」

「人のこと言えないじゃん!ちゃんと食べた!?」

「食べたに決まってんだろぉ…三個は食べた」

「もう!」

グイッと胸元を引き寄せられて背筋が曲がる。

突然ぶつけられた唇に痛みが走った。

その瞬間に、半分になった飴が帰ってくる。

「もったいないから、もっとちゃんと味わってみれば!」

…仕掛けてきておいて真っ赤になるなどと。

お前はどこまで…。

「……そうするか」

差込みかけていた手を、次こそポケットに突っ込んで、同じ包装の飴を二、三個取り出す。

それを綱吉の柔らかな手に握らせて、わざとらしく耳へと唇を寄せた。

「Per favore l'alimenti.」

「っ!バッカじゃないの…!」

身じろいだ綱吉の踵がコツンと鳴った。







Un dolciumi









今回のテーマは「典型的」「甘い」でした。
成功なのか失敗なのかは考えないようにしたいと思います。